流行中の今こそ読んでほしい!先天性風疹症候群に娘を奪われた母親の後悔

  • 2019.07.02 Tuesday
  • 16:00

「病院のベッドで添い寝をしていた目の前で娘は吐血し、出血箇所の確認のため口腔内に管を入れることになりました。検査を嫌がって泣く娘に、私が『妙ちゃん、がまんして、ごっくん』と呼びかけると、私を見て管を飲み込みました。それが最後の意思疎通でした。そのまま意識がなくなり旅立ちました」

 

週刊女性PRIME 6/30(日) 22:00配信

https://www.jprime.jp/articles/-/15446

より引用

 

 岐阜市在住の可児佳代さん(65)は、2001年2月に娘の妙子さんが18歳2か月の短い生涯を閉じたときの様子を涙ながらに語った。妙子さんの死因は、母親の佳代さんが妊娠初期に風疹にかかったことで患った先天性の心臓疾患によるものだった。

 その風疹が昨年来、国内で流行している。'18年の風疹患者の報告数は2917人。この数字は感染症法改正で風疹患者の全数届け出が開始された'08年以降では'13年の1万4344人に次いで2番目に多い。そして今年に入ってもすでに6月12日時点で、1718人の風疹患者が報告されている。最近ではタレントの池田エライザがかかったことで話題になった。

まさか障害が3つも……

 風疹は風疹ウイルスに感染することで起こる。感染から2〜3週間の潜伏期間を経て首や後頭部、耳の後ろのリンパ節が腫れ、その後、発熱とともに全身に赤い発疹が広がる。発熱・発疹は3〜5日程度でおさまり、はしかに似た症状であることから、別名「三日ばしか」とも呼ばれる。

 はしかは、ときに感染者を死に追いやることもあるが、風疹はそこまで症状が重くなることはない。

 ただ、妊婦が妊娠初期20週までに感染すると、胎児にも風疹ウイルスが感染し、その結果、先天性の心臓疾患や難聴、白内障などの障害を有して新生児が出生する『先天性風疹症候群』(CRS)を引き起こす。亡くなった妙子さんも、まさに先天性風疹症候群の子どもとして生まれてきた。

「私は幼稚園のころ、全身に発疹が出て周囲から“ああ、三日ばしかだね”と言われた記憶があるのです。なので自分はすでに風疹にかかっていたと思い込んでいました」(可児さん)

 22歳のときに結婚した可児さんは、結婚3年目から不妊治療を開始。その2年後に待望の妊娠が確認されるも、妊娠3か月目で流産した。その9か月後に発熱と発疹が現れ、近所の医療機関で風疹と診断される。ちょうど当時は風疹が流行していた時期だった。しかも、その直後から生理が遅れていることに気づいた。

「まさか、とは思いましたが妊娠していることが判明しました。当時はメディアで“妊娠中に風疹に感染したら、障害児が生まれるので妊娠はあきらめましょう”と堂々と言う時代でした」

 苦悩の末、夫婦で産むことを決断した可児さん。生まれてきた妙子さんは2050gしかなく、そのまま小児病院へと救急搬送され、産婦人科を退院した2週間後にようやく対面を果たした。

「最初に気づいたのはなぜか瞳の色が黒くはなくグレーだったこと。生まれて3週間後には小児病院の主治医から先天性風疹症候群のため先天性白内障、高度難聴、心臓の障害があると告げられました。

 妊娠中は、もし耳が聞こえなくても社会生活を送っている人はいる、目が見えなくとも一生懸命生きている人はいるとひとつひとつ不安を打ち消しながら過ごしていました。何か障害があっても、ひとつか2つくらいだろうと勝手に思い込んでいたのです。まさか3つもの障害を抱えて生まれてくるとは思いもしませんでした」

 生後5か月、7か月に白内障の手術、耳には補聴器、4歳のときには心臓の動脈管開存症の手術を受けた。

 動脈管開存症は生後2〜3週間で閉じるはずの心臓に接続する肺動脈と大動脈をつなぐ血管が開いたままとなり、全身に流れるべき血液の一部が肺動脈に流れ、肺や心臓に負担がかかる病気。のちに妙子さんの命を奪ったのは、この病気に伴って肺動脈の血圧が異常に高くなる肺動脈高血圧症だった。

発症した新生児の1/4は半年以内に死亡

 前述した'13年の風疹大流行は前年からその兆候が始まり、翌'14年までその余波が続いた。'12〜'14年の3年間で日本国内では先天性風疹症候群と診断された新生児は45人。その後の追跡調査で、このうちの約4分の1にあたる11人は、生後半年以内に死亡したことがわかっている。先天性風疹症候群はそれほどまでに過酷なのである。

 そして'13年に次ぐ'18年の流行の影響で、今年に入り、東京都と埼玉県でそれぞれ1人の新生児が先天性風疹症候群だったことがすでに判明している。6月には大阪府で新たに1人が先天性風疹症候群だったと発表された。

 現在、風疹撲滅のため、任意団体『風疹をなくそうの会 hand in hand』の共同代表も務める可児さんは、この状況について次のように語る。

「そもそも風疹はワクチンでほぼ防げる病気です。今回、先天性風疹症候群の患者さんが報告されたことに、これまでの私たちの活動で国を含めた関係者に十分に声を届けられなかった悔しさと申し訳なさでいっぱいです」

 風疹は今も治療薬はなく、風疹ワクチンの接種で予防することが唯一の対策だ。

 日本では1994年の予防接種法改正で'95年4月以降、生後12〜90か月の男女への風疹ワクチン定期接種が義務づけられた。それ以降の出生者は、ほぼワクチン接種ずみである。

 現在は2回のワクチン接種が一般的で、これで接種者の99%で感染予防が可能と報告されている。にもかかわらず、風疹が流行してしまうのは、'95年3月以前の接種状況が決して十分ではないからである。

 日本で風疹ワクチンの接種は'77年8月に先天性風疹症候群を回避するため、将来、妊娠の可能性がある女子中学生への集団接種として始まった。'89年には生後12〜72か月の男女全員へのはしかワクチン定期接種時に風疹ワクチンも含まれた混合ワクチンを選択してもよいとされた。

 しかし、この時期までの接種法は1回接種。のちに1回では、はしかや風疹に対する免疫が十分でないことが医学的に明らかになり、現在の2回接種に至っている。

 つまり現在も妊娠可能な30〜40歳の女性の中には風疹に対する免疫が十分でない可能性がある人がおり、さらに現在30代から50代前半の男性に至っては、ほとんどが免疫がない可能性が高い。

 

 実際、近年、報告されている風疹感染者の6割以上は30〜40代の男性で占められている。

「結局、近年の風疹流行の感染者はほとんどが大人。つまり、先天性風疹症候群を防ぐのは大人の責任なのです」(可児さん)

まずはとにかく抗体検査へ

 2020年には東京オリンピックが開催され、大量の人の流入が確実視されている。これは風疹を持ち込まれる可能性があると同時に、今の日本国内の風疹流行を抑えられなければ、訪日外国人を通じて日本から風疹を拡散させるという2つの危険性を含んでいる。こうした状況にようやく国も動きだした。

 厚生労働省は風疹ワクチンの接種機会がなく、感染の危険性が高い1962年4月2日〜1979年4月1日生まれの男性を対象に、風疹ウイルスに対する抗体の有無の検査費用と抗体が十分でなかった場合のワクチン接種費用を今年度から3年間、無料で提供する緊急対策を開始した。対象となる男性には今後、各自治体から順次無料の抗体検査クーポンが送付されることになっている。

「たぶん、かかったはずというのは自分の経験からも必ずしも正確ではありませんし、自分は絶対かからないと思い込んでいる人ほどかかってしまうものです。とにかくクーポンが送られてきた方は、まずは抗体検査に行ってほしい」

 そう訴える可児さんは、今も大切に保管しているものがある。病院のベッドの枕元に置いていたメモ帳に亡くなる約3時間前に妙子さんが書いた絶筆。妙子さんの葬儀が終わった後に夫が初めて見せてくれた。そこには大きな、しかも乱れた文字でこう書いてある。

《お父さんお母さんと私はがんばりました》

「難聴の子どもはどうしても“ですます”や“てにをは”が乱れがちなので、妙子が文章を書くときはいつもそばについて、その点はかなり気をつけて繰り返し教えてきました。だから、なぜ“ました”と過去形なのかと思ったのです。今でもなぜこう書いたのかはわかりません。

 もしかして妙子は私たちと別れるときがわかっていたのかな、と思うと切なくなります。私たち先天性風疹症候群の子どもを持った親は、今でも風疹が流行するたびに苦しめられるのです。私たちと同じような思いをほかの親御さんに味わってほしくありませんし、孫の世代にまで先天性風疹症候群を残したくないのです」

(取材・文/村上和巳

村上和巳 ◎医療専門誌の記者を経てフリーに。国際紛争や安全保障、医学分野を専門とする